安全

安全ですか?それでも

安全がうっとうしく感じられる訳を考えなさい

安全大会に出席されたり、安全講話などを聴かれた方はたくさんいらっしゃることでしょう。それによって安全意識の再確認や意識の向上につながればそれはとてもいいことです。安全大会や安全講習講話を聴くことにより、いろいろ参考になる場合や自己啓発につながればそれに越したことはないのです。

しかし、時には親会社や発注会社からの全国災害統計とか学問じみた話しや押し付けがましい話しなど、あくびが出るような講話を聴かされたりすると“またかよ”とうんざりするような時もあると思います。

主催するほうも、

・他の会社でもやっているから
・安全大会ぐらいやらないと格好がつかない
・イメージもあることだし仕方ないから
・恒例になっているから

などなどの理由で仕方なく開催する場合もあるのではないでしょうか。
高齢者交通安全講習会2

私は安全講習や安全大会などに参加する機会が結構ありましたが、中には安全学を聞かされる気分になる時がありました。いろいろと趣向を変えているだけで、単なる学問の域としかとらえられていないからだろうと思われます。他人事なのです。それを社内指導する人も「こうだからこうしなければいけない」とう、形式の域からは脱していないように見受けられる時があります。

では、なぜ安全がうっとうしく感じられるのでしょうか。面倒くさく感じられるのでしょうか。

私が思うに、何となく押し付けがましく思われるからではないでしょうか。あれをやらないとダメ、これをやらないとダメとか。その割に安全に関する単価は比較的安かったりもします。その分、実施工で補填しなくてはなりません。工期も意外に短かったりする場合もあると思います。
単価は安いは工期は短いは、それでいて安全に施工しなさいとはどういうこと。と思われた方も少なくないと思います。それでいてこの不景気ですから、発注者には文句も言えないのが実情であろうと思います。

しかし、どうのこうのと言いながらも、みんな一生懸命に頑張ってその工期内に工事を終わらせるのです。私も実際にこの工期では無理だよと思いながら管理したときが幾度かありましたが、その度にみんなの頑張りで何とか工期内に無事終わらせて頂いたことがありました。ありがたいことです

そして、ベテランの作業員や作業長は、厳しい状況にもかかわらずある種本能みたいなもので、安全から目を逸らさないようになってきます。また、現場の管理職員にどんどん意見を言ってきます。”ここは“という所では、無断での作業や作業員に対して勝手に作業指示を出したりせず、管理職員に相談し検討した後に施工したり作業指示を出したりするのです。怪我等をしないようにさせないように、かつ能率を考慮した作業あるいは作業指示をします。見ていると動きや指示に無駄が無く”流石だな“と感心させられることが多々ありました。

そんなベテランでも、安全講習・安全大会・安全パトロールなどは、やはりため息が出るようです。学問じみたことや型にはまったことを強いられるような気分になるのは、仕方がないことなのかもしれません。が、繰り返し型による意識の向上には未熟者のみならずベテランにも必要なことなのかもしれません。
ベテランも指導的な立場になってくると、繰り返し型指導の重要性も認識されてくるのではないでしょうか。それが、仕方がないからとか、上からの命令だからとかになってしまわないようにして欲しいのです。

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