労働災害

労働災害は絶対になくならない

労働災害は絶対になくならない

私は、絶対に労働災害は無くならないと思っております。はっきり言ってみんながそう思っているのです。ところが、なぜ労働災害が無くならないかを明確に答えられる人は意外に少ないのではないでしょうか。そんなことをしなければいいんだと言ってしまえばそれまでです。大概は設備の欠陥よりも、人間の性格とかうっかりぼんやりとかいった人的要因が主のようです。この目に見えないものに対してどう対処するかです。

しかし、どのような対処をしようが、労働災害を無くすなどというのは到底無理な話しです。無理なものは無理です。それが出来るくらいなら、とっくの昔に交通事故や極端な話し人類から戦争など無くなっています。

そんなことを言うのなら、安全対策など必要無いんじゃない?と思われることでしょう。

それでは、まず労働災害を無くすなどというのは到底無理という訳をお話しします。なぜなんでしょうか。

ちょっと考えてみて欲しいと思いますが、鏡に映っている物を手に取ってみてください。鏡の中に映っている物を鏡の中から取り出すのです。出来ると思いますか。私には出来ません。鏡に映っている実物は立体的ですが、鏡の中に映っているのは平面です。つまり2次元の世界です。

私たちは立体的な3次元の世界におります。そこには表があり裏があります。球のようなものでも見えたほうが表であればその反対側は裏になります。それは目に見えないものも(たとえば感情や言葉など)当てはまります。つまり、空間が存在すれば必ず表と裏が存在し、相反するものが共存するからです。

したがって、3次元の世界にすべてが存在する訳で、当然の事ながら無事故があれば必ず事故があるのです。動物や植物でも当てはまります。相反するものが共存するというのが自然であり、自然は絶対的な力であると思っております。

そして自然は、過ぎたこと(過去)を元に戻したり、先に進めたり(未来)もしません。さらに、起きてしまった事(過去)を絶対に否定しません。義理も人情も無く、非常で冷酷で残酷です。生まれたからには死ななければなりません。極端な話し、この地球が生き物と仮定すれば、この地球もいずれは無になる運命なのです。

私は、世の中で起きたことは如何なる事があろうと絶対に否定せず、前にも先にも進むことを許さない今がすでに過去という絶対的な時間、そしてこれらを含めた相反するものの共存の世界が自然であろうと思うのです。
従って、自然は絶対に無理をしません。この世に起きたことすべてを肯定し受け入れます。それが喜びであろうと悲しみであろうと。その相反するものを、自然はうまくコントロールしています。

植物ばかりだと土の栄養が無くなります。草食動物ばかりだと植物が無くなります。肉食動物は草食動物に比べると数は少ないです。河川が氾濫すると被害がでますが、栄養をたっぷり含んだ土が堆積します。

人間の科学がそれを良しとすれば、必ずそれを否定するものが存在してくるのです。車社会と言われますが、交通事故が跡を絶ちませんし燃料の問題もあります。ヨーロッパの産業革命以降エネルギーの確保が大きな問題となっていますが、地球環境という問題も起きています。

人類の歴史は人類同士の戦いの歴史でもあります。しかし、皮肉なことにその恩恵も受け継いでいるのです。核保有が戦争の抑止力になっているのも事実です。バカな人間がこの地球の破壊を早めたとしても、宇宙は新たな星の誕生へと導きます。

自然とは“起きたことは絶対に否定しないし、時間を戻すこともしない、相反するものが共存するが絶対に無理をしないという『絶対的な力』”これが自然だろうと思っているのです。

こう言った意味において、太古から続いている労働災害は、今後も無くならないと言っている所以です。

青空と樹 ならば、この相反するものの共存の世界を、角度を変えて良いように勝手に解釈してみます。

私たちがこの文化的生活を営むことが出来るのは過去の恩恵でもあります。過去の尊い生命が数知れないほど失われていますが、貴重な経緯のおかげで安全に対する設備や安全用具が開発されてきました。(勿論時代背景もありますが、それについては置いておきます。)怪我をする或は死亡された方々がいなかったら、人的災害が起きなかったら、改善の余地が無く昔のままです。恐らく、ヘルメットも無用であろうと思います。

しかし、現実は違うのです。事故が絶対に無くならないのなら、少しでも人的災害を防ぐ手立てを考えるべきなのです。事故を起こさせないようにするから無理が生じてくるのです。過去の教訓から、やらなければならないことを違和感無く実行できる手立てを考えることが大切ではなかろうかと思うのです。違和感無くとは、押し付けではなく「自分の身は自分で守る」「怪我をしない、させない」という意識が理解され、積極的に実行できる環境を作ることが求められるのではないでしょうか。そこには、人間同士の付き合いも生じてきます。飯の種だけの職場なら息が詰まる思いになるでしょう。積極的に話し合える雰囲気があれば活気も違ってきますし、収益にもつながってくると思います。

作業する人たちや管理する人たち又は会社の上司や部下や同僚たちが一体感を持って事に当たれば、各々が存在感を感じることができるのです。

存在感を感じると言うのは、社会の一員であることが意識できるのです。つまり、各々が社会の一員としてお互いに貢献しあっているということですし、またそのことを教えるべきなのです。紙一枚が手元に有るのは、どれだけの人のお陰でしょうか。業種は何であろうと、一人一人の存在があるお陰で一人一人が存在できるのです。人は一人では生きていけない所以です。飯の種だけの職場からは、社会に貢献しているという意識はなかなか生まれません。

作業員や部下に対して、厳しくしなければならない時も多々あろうかと思いますが、存在感を否定するような言動であってはならないのです。上の者が下の者を、強い者が弱い者を、権力や力で潰すのはさほど難しいことではないのです。「如何にして人を生かし育てるか」が難しいのです。
桜とそら

それが、次世代へと引き継いで行くのです。また、そうした意識で人的災害や労働災害を未然に防ぐ手立てを考えればと思うのです。

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